2003年8月3日 
MLKシリーズ第3戦 RKクラス参戦レポート


今晩は、友帆の父です。 思い切ってレポート初体験を実行します。

2003年8月3日は私にとって記念すべき日となりました。何がって??  あの空気です。当日は川俣のサーキットに漂う空気が違っていました。
「レース」・「サーキット」・「カート」という言葉から、私自身が感じることは出来ないだろうとあきらめていた『穏やかな空気』がサーキット場全体を包み込んでいたのです。
これは多分私自身の『変化』です。当事者として真剣に戦い、その後互いにレースを語り、そして共に戦った同志の親しさを初めて直に味わいました。それはサーポートしていては分からないことばかりでした。(そう言えば私だけでなく当日は皆さんが「今日はいい日だ。」といってましたなぁ。)

さて、この日私がレースに参加することに決めたのにはちょっとした理由がありました。実はその理由が10日程前に消えてしまっていたのですが、それが却ってフラットな気持で参加でき、新たな発見をする事になったのです。

では、レースのことを少々レポートします。
なにせ今回は今までになく準備不足で、川俣に到着してからレース終了・後かたづけまでずっとバタバタしていました。何とか走りきることが出来たのは西村・阿部両氏のお陰。感謝いっぱいです。
アローズ以下と言われている高田・この私阿部の整備・運用・・そして噂の工具箱。まるで『パンドラの箱をひっくり返した!』の表現がぴったりの状況。「これじゃぁドライバーがかわいそうだ!!」の声も聞こえてきそうでしたが、まぁそこは18対1は18L+1L。16対1なら16L+1L。メカ参加はこれが精一杯の友帆の父とその弟分ですから・・・。私達は「これからもよろしくお付き合い下さい。」と頭を垂れるだけです。

さて、何とか練習走行にも間に合って、レーシングスーツに身を包み、練習開始。久しぶりの振動にも慣れてきた3周目に、突然腕があがってしまいました。
そして、ピットに戻った時には、そのだるさが全身に廻ってふらふらでした。それでも、由井さんからお借りしたサロンパススプレーを腕に振ったら、奇跡の回復をして、タイトラに挑めました。
しかし、気温が急上昇して、ピットから出たらエンジンが噴けない。

「こんな時はLowを・・あれっ?どうするんだっけ?」

と考えつつ、ぐぐっ!と絞っていました。

「あららぁ・・もう止まるよぉーっ!」

と最終コーナーで思い切ってガバッ!と開けたら何とか回復。てな理由をいっぱいくっつけて1周を走り、結果は当然のビリ!

そして予選。ところでビリって気楽ですねぇ。まさかこんなに楽だとは思いませんでした。だって抜かれる心配が無い。前だけ気にしていればいい。プレッシャーが無い分だけリラックス出来て結構良い走りが出来る、等々。なかなかのポジションでありました。そのビリケツでグリッドに並んだ予選でしたが、エンジンをかぶらせる事なく無事スタートを切って・・  う? ん?? この先は高田カメラマンのビデオを見ながら書こうとしたのですが・・    
なにっ!! 写っていない!     写っているのは草・草・草ばかり。そしてそのまま録画は切れていた。「高田さんどうなっちゃたの?」実は私自身の記憶も真っ白。何にも思い出せない。
3台が絡んだ脇をひょいっと通過。その後なんと1台抜いて5位。予選は何と9位から5位。
そしてインターバルの昼休み。

「やばいなぁ、こんなおじさんが真ん中にいるのは・・」
「スタートして3周までは結構いけちゃったりして、3位まで進めて、問題はその後で、こんなおじさんに抜かれて頭にきた彼等がサラッと抜いてくれればいいが、邪魔する気はないけど・・どうなっちゃうかな?それよりも体力が持つかどうか?」

等と悩み多き中年している間に時間は過ぎ、いよいよ決勝のスタート。この後はビデオにしっかり写っていましたのでその写しです。
はい、はい。とリあえずスタート。早いローリングにもなんとか付いて行ってます。7コーナーでぐっとスピードが落ち隊列が整いました。そしてスタート!あれ?セカンドグリットの選手が先にスタートラインを切っちゃいました。これはミススタート。途中まで皆気付かずに白熱のレース模様。その後旗に全員気付きそのまま低速の隊列を組み、次の周で再スタート!今度はきれいなスタートを切りました。
さて、私はというと・・な!な!な!何とスタート後の1コーナーで1台抜き4位。4位です!そしてそれは3コーナーを抜けた時に起こりました。5位の選手が真横から左サイドカウルを乗り越えて私の左腕と左足に前輪を乗せてきたのです。

「んーぅ痛い!!」

これで全車にパスされ

「どうしよう??」

ここで浮かんできたのが油井君の愛らしくも逞しい笑顔でした。決勝スタート前に

「ガンバッテネ!」

と油井君の声援。

「よし!最後まで走るから見ててね。」

この会話を思い出したのです。「左足の付け根がやばいかなぁ?」と思いつつも再スタート。途中青旗でトップに(ちなみに友帆じゃ)道を譲りながらも何とかゴールしました。
ゴール後カートを降りようとしたら左足がえらく痛い!ズキン!ズキン!足をかばいながら何とか降りてレースを終えました。その後2日間たっぷり湿布の御世話になっただけで済みましたが、なかなか辛いものです。その痛みより『あと3周位あのまま4番手で走らせてよ!』って今でもその思いが強くなっています。
「やばい!これがレースの麻薬ってやつですかぁ?」その後私に乗っかってきた選手は3度も謝りに来てくれました。
それからもし私がサポートしている側だったらこんなに冷静ではいられなかったと思います。当事者でレースしている私の方が『いい感じ』かな?立場によって感じることも受ける印象もかなり違うものですね。事実はひとつなのに不思議です。
そう言えばレース中の私の目は血走っていたとか??そうかも知れないと感じたのは2日過ぎてからでした。顔が痛い!特に口の周りの筋肉がガチガチです。歯をくいしばっていたのでしょう。そしてそんな状況でもハッキリ分かったのは応援してくれている人の顔と動作。走っている自分の目にあんなに鮮明に写るとは思ってみませんでした。
それにしても心充実の一日。体にたっぷり効いた一日でした。

最後にもう一言お礼を言わせて下さい。記念すべき8月3日。暖かく手を差しのべて下さったチームアニーのメンバー、そして応援の皆様に深く感謝致します。

P.S 油井さん アイスクリームごちそうさまでした。俄然体力が回復しました。   冷たい飲み物を沢山携えて応援に駆けつけて下さった松沢さん コーラが   美味しかったです。

以上、食べ物にめっぽう弱い私、阿部耕也でした。


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